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2009年の成果と2010年の目標? [大きな旅]

あけましておめでとうございます。今年も楽しい旅の出来る1年にしたいと思っております。最近、ブログの更新が少ないぞ、と言うご意見をいただいておりますが、「旅に出なければ更新しない」の図が定着してしまっております。 
そう、ここは鉄ブログでなくて旅ブログであります。しかも最近は中くらいの旅(宇都宮とか白河とか)のリピート程度では更新しなくなってるし。

振り返れば2009年は大きな旅の回数は少なかったものの、もろもろの記録を更新してしまい、鉄疑惑が増してしまいました。
・伊豆箱根鉄道大雄山線完乗(2月)
・みなとみらい線完乗(3月中)
・江ノ電完乗(同)
・常磐線完乗(3月末)
・岩泉線完乗(同)
・花輪線完乗により、秋田県内鉄道(JR、私鉄、第三セクタ含む)完乗(同)
・京急本線完乗により、神奈川県内鉄道(JR、私鉄を含む)完乗(5月末)
・東北新幹線(東京~八戸)完乗(8月)
・大湊線完乗(同)
・津軽今別→津軽二股乗換え(同)
・竜飛海底駅下車(同)
・奥羽本線完乗(同)
・外房線完乗(9月)
とまあ、露天風呂とかを求めて旅をした結果、こんな成果を出してしまいましたが、私は鉄ではありません。

ちなみに2010年に旅をしたいと思っているところは次のとおり。
・只見線で会津若松へ(今が一番いいシーズンなんですよねー)
・岩国(文学作品の検証と酒を飲みに行きます)
・瀬戸大橋を渡って道後温泉へ(三年越しの計画)
・奥甲子温泉の大黒屋の大岩風呂入浴と日帰り入浴スタンプ10個ゲット
・岡山の後楽園(偕楽園、兼六園には行ったのにここだけ未だ)
とここまで書いていると、リピートで道東の流氷とタンチョウ、札幌のライラック、伊勢神宮日帰り参拝(と松阪牛の焼肉♪)、北九州・・・嗚呼、きりがなくなってしまいました。
後楽園と瀬戸大橋は長期休暇を取ればまとめて行けるかも♪そういう意味では、岩国と北九州もまとめられるかもしれない♪とかなり現実的な妄想に走ってしまってますが、まずはよい子は酒の量を控えて予算を捻出しなければ。

と言うことで、2010年もこの旅ブログdeこっしーをよろしくお願いいたします。


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ついにあの和田浦ビーチへ。 [中くらいの旅]

2009年9月、シルバーウィークの五連休を利用して、ついに私はあの憧れの地・南房総の和田浦に行くことにした。
和田浦とは映画「ハート・オブ・ザ・シー」の舞台であり、この映画には私の大好きな杉山清貴さんが本人役で出演している。映画は数年前にDVDを借りて観たが、そのときにいつかこの和田浦に行ってみたいと思ったのだ。しかし夏のシーズンは海水浴客で混んでいるに違いないから、春か秋のシーズンオフを狙っていた。そしてついにその日がやってきたのである。

しかし和田浦は遠い ! 川崎市内の我が家からだと、千葉まで出て、内房線経由と外房線経由の二通りが考えられるが、どちらで行っても各駅停車で片道約4時間。これは相当な気合が必要である、しかも千葉県だと言うのに片道1000円2000円では行けない、交通費もかかる。もはや小さな旅の範疇ではない。
一番安いのは、とにかく私鉄で都内まで出て、そこから地下鉄で新木場、京葉線で蘇我、というルートなのだが、この時期はJRのツーデーパス5000円もある。私は悩みに悩んで、決められないまま当日の朝を迎えた。

結局、JR南武線で鹿島田に出て、新川崎発7:03の横須賀総武快速線で千葉まで行くことにした。
早速駅の券売機でツーデーパスを購入。「発券しています・・・発券しています・・・」の音声が何度も繰り返され、いつになったらきっぷが出てくるかと思ったらなかなか出てこない。発券枚数が6枚と表示される。どうしてたかだかツーデーパス一枚購入するのに6枚も発券されるのか疑問に思ったものの、アンケートやパスの案内の説明などが含まれていた。結局、予定していた南武線の電車には乗れず、次の電車で鹿島田から新川崎まで走りに走ることになってしまった。私は運動が大嫌いでよほどのことがない限り走るなどと言うことはしない。早朝からこれでは先が思いやられる旅になりそうだ。

横須賀総武快速は新川崎を出るとまもなく武蔵小杉の新駅設置工事の場所に差し掛かかる。すぐ近くから毎日のように見慣れている景色であり、ホームなんてほとんどもう出来ているかと思ったら、長さは充分でも幅がまだ半分くらいしか完成していない。線路を走る電車から見るのと外から見るのではずいぶん差があるのだと思った。連絡通路や駅前広場、自転車置き場の工事も始まっていて、だいぶ進んできているようには見えるが、まだしばらくはかりそうだ。

それにしても横須賀総武快速線に乗るのは久しぶりで、品川ではホームが増えていたのに驚いたくらいだった。さらに東京駅の地下ホームなどは、数年前に成田エクスプレスに乗って、空港まで「お迎え」に行ったとき以来かもしれない。そんなことを思い出しながら東京駅に到着した。
しかし東京駅地下ホームに停まってる総武快速千葉ゆきは定刻の7:25を過ぎても一向に発車しない。7:15発の成田エクスプレスが遅れていて、そちらを先に通すのだと放送している。しかしその遅れている成田エクスプレスもなかなか来ない。時刻はすでに7:27になろうとしている。実はこのあと、終点の千葉で4分の接続で外房線の始発に乗りかえることになっているのだが、これに乗れないと次の安房鴨川行きは1時間後なのである。ここでの接続に失敗すると、和田浦に着くのは昼近くになってしまう。ひやひやしているとまもなく遅れていた成田エクスプレスがやってきたらしい。重たいスーツケースを抱えながらゆっくりと乗客が乗り込んでいるらしく、駅員氏はよほど早くドアを閉めたいのか「次の7:30発の成田エクスプレスは定刻で運行しています。次の列車はすぐに参りますので、そちらもご利用ください」と放送している。
まさか、7:30の成田エクスプレスまでこの電車より先に行かせるのではないかと不安に思う。それに成田エクスプレスって全席指定だ。指定席券を持っている乗客に「次の列車をご利用ください」と言って通じるものなのだろうか。きっと無理して遅れている成田エクスプレスに乗り込もうとしているに違いない。そんな疑問を感じながら、わが総武快速は成田エクスプレスに続いて東京駅を4分遅れで7:29に出発。
各駅で「すぐの発車となります」のノリで、総武快速は遅れを少しずつ取り戻して行った。さらに市川で特急2本、津田沼で特急1本に抜かれるダイヤになっており、終点千葉には定刻に到着した。実は途中、心配になって津田沼停車中に一番後ろの車両まで行って車掌さんに千葉で4分接続の外房線に乗り換えたいんだけど間に合うのか?と質問までしていたのは内緒だ。

実はこっしー、アクアラインが開通してしばらくした頃に房総半島に来たことがあるが、内房車でやって来ただけで、それ以外、房総半島にはやってきたことがない。今回は初外房となるのだ。そんなわけでちょっとワクワクしながら千葉駅で外房線を待っていると、昔の横須賀線のような電車がやってきた。地元の人に混じって観光客こっしーも外房線に乗車する。千葉を出発したときにはちらほらと立っている人もいたが、ほとんどの乗客は大網までで降りてしまった。そこから先は本格的なローカル線の雰囲気になる。途中の大網や上総一ノ宮どまのりの列車はあっても、安房鴨川まで行く列車が1時間に1本と言うのも乗車率を見ているとわからないわけでもない。

それにしても千葉から安房鴨川までの2時間は本当に長かった。海が見えるというわけでもないし、天気も晴れたり曇ったりを繰り返している。ふと気付くと車内に貼ってある路線図が房総半島バージョンだったので、時々、路線図を見ながらどの辺までやってきたのか確認してみたのだが、「まだ安房鴨川は遠いや」と思うだけなので、そのうち見るのもいやになってしまった。いつの間にか線路も部分的に単線になっているような気がする。やたらと停車時間の長い駅もあったりして、居眠りの一つでもしたくなるが、杉山清貴のビーチに向かっているだと思うと再び気合が入る。

それでも御宿、勝浦と、車窓の向こうのサーファーも増えて、南房総に近づいてきたぞ、と思い、列車はついに終点、安房鴨川に到着した。自宅からここまですでに3時間30分経過。すでに座りっぱなしで腰が痛い。

安房鴨川ではホームの反対側に館山ゆきの内房線が待っていた。すぐにこの列車に乗り込む。ここからは館山まではちょうど1時間に1本の間隔で電車が走っている。沿線は確かにローカル色が強いが、どの駅にもSuicaの改札機がある。いよいよ和田浦に向かっているのかと思うと、腰痛も忘れてしまった。列車は海沿いの単線区間を静かに南へ向かう。

そして10:36。ついに和田浦に到着した。ときめきと緊張と興奮の混じり合った気持ちでホームに降り立つ。

歩道橋のようなこ線橋を渡って駅舎に向かい、改札を出る。自宅を出てから3時間57分、ついに私は和田浦までやってきたのだ。
駅の中に観光案内があるが、もちろん映画のロケ地に関する説明は一切ない。私はとりあえず海岸に出ることにした。これはもうカンに頼るしかない。
駅前広場には、映画の冒頭で出てきたお店が一軒ある。なんともリアルでたまらない。しばらく歩くと踏切を渡る。すると、映画の舞台となった、空、海、町が広がっていた。杉山さんのビーチクリーンコンサートの会場となった海岸、くじら漁港基地、街中の民宿、坂の中腹にあるコンクリート打ちっぱなしの建物、杉山さんが振り返って手を振って下っていった坂道、私は本当に和田浦に来たのだ。潮風が心地よい。

再び和田浦の駅に戻ったのはちょうど一時間後だった。列車は1時間に1本しか来ないから、ちょうどいい探索である。

私は再び内房線に乗り、浜金谷で下車し、金谷港から東京湾フェリーで久里浜へ渡った。1日中電車に乗っているのは少ししんどい。和田浦の町を堪能して感動し、改めて、私は鉄ではないと実感した中くらいの旅であった。


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竜飛海底都市探検~青函トンネルを行ったり来たり~ [大きな旅]

8月11日の朝、青森を出発し、津軽今別から津軽二股に乗り換えて蟹田まで戻ってきたものの、次に乗る列車まで40分ほどあるので、改札をとおり駅舎の外へ出てみた。するとさっきは何もないと思っていた蟹田の駅前にもタクシーが待っていたし、駅まで車で来て列車で通勤しているかと思われる方の車が10台ほど停まっている。函館ナンバーとか弘前ナンバーが多く、青森ナンバーが少ない。なんとも不思議だ。さらに駅前のメインストリートと思われる通りに出るところにはバスターミナルもあり、その先には民家や商店もあった。駅から5分も歩けば、津軽海峡に出る。こんな何もないところからこんなに白鳥に乗車するなんて、と思ったことに対して自分の中でゴメンナサイする。そう思って駅前に戻ると、さきほどのバスターミナルから町内循環バスが出て行ったが、前のドアが開いたままだった。大丈夫なんだろうか。

先ほど乗った白鳥41号に蟹田からかなりの乗客が乗ったことを思い出し、早めにホームに行って自由席の乗車口に先頭で並ぶ。やってきた白鳥45号は案の定ほとんど空席がなく、先頭で並んだから何とか座れたようなものの、ぎりぎりで並んだ人たちは通路に立っている。何とかこれまで列車は全て着席できているので幸運だ。蟹田を出た白鳥は、先ほど下車した津軽今別を通過し、トンネルをいくつか通過したあと、ついに青函トンネルに入った。世界一長いトンネルだけあって、なかなか地上には出ない。途中、色のついた照明が見えたり、海底駅か?と思われる場所を追加したりして、いよいよ北海道に上陸?した。天気はうって変わって晴天だった。

次の木古内で白鳥45号を下車する。何とも慌しいが、次の目的地へ行くにはこうするしかないので仕方ない。夏の陽射しが強いがそこはさすが北海道、日陰に入れば涼しいし、風が気持ちいい。歩いて10分も行けば津軽海峡に出る。北海道側から見る津軽海峡は何時見ても美しい。立待岬から見る津軽海峡もいいが、ここから見る津軽海峡もいい。湯の川温泉の露天風呂から見る津軽海峡もいい。次の目的地のおかげで、今日もこうして北海道側から津軽海峡を見ることができるのだ。1時間くらいの待ちはちょうどいい。と思ってしばらくぼーっと海を見ていたが、何しろ陽射しが強いので早めに駅に戻る。駅前の喫茶店で「グレープフルーツジュース」を注文し水分補給をし、トイレ休憩とする。マンガが沢山置いてあって読んでみたい気に駆られるが、青森に戻る白鳥18号に絶対に乗り遅れてはならないので、早めに駅に戻ることにする。相変わらず陽射しが強いし、木古内の駅のホームが幅が狭くて屋根もないが、ここはじっと我慢する。
白鳥18号を待っている間に向こう側のホームからは一両編成の江差線の上りが出て行った。かと思うと江差線の下りがやってきた。江差線って木古内~江差間は1日数本しか走ってなかったんじゃなかったっけ?なんで白鳥を待っている間に2本も見かけるの?とイラつくほど、暑さは強烈だった。でも風はやはり気持ちいい。
待望の白鳥18号は、定刻を1~2分過ぎてもやってこない。どうしたのだろうか。隣のホームにはすれ違う函館ゆきのスーパ白鳥が停車していて、車掌がまだかまだかと窓から首を出して白鳥18号がやってくる方向を見ている。

白鳥18号を待つ私の手には「竜飛海底駅見学予約券 8月11日竜飛1コース」がある。この見学予約券には、必ず白鳥18号に乗車し、竜飛海底駅で2号車から下車してください、と書いてある。白鳥の自由席は2号車と3号車なので、2号車の先頭に並ぶ。それにしてもこの竜飛海底駅見学のためだけにわざわざ青函トンネルで北海道に渡って函館にも寄らずに引き返そうとしている行動を「鉄」と思われる方もいるかもしれないが、函館はもう三度も行っているし、せっかく行くのであれば、トンボ帰りではなく湯の川温泉あたりに一泊したい。しかも海底駅を見学するには時間やコースが限られているし、この時期は北海道側の吉岡海底駅が新幹線工事で見学を中断しているので、どうしても竜飛海底の見学予約が混雑している。四泊も五泊もする金銭的余裕がない以上、このコースにするしかないのだ。
やがて白鳥18号が3分ほど遅れてやってきた。すれ違いのスーパー白鳥の車掌もホッとしている。いざ出陣の思いで乗車すると車内は思っていたほど混雑していなかった。やはりこの時期に混んでいるのは函館方面だけなのだろうか。こっしーもホッとして着席する。

トンネルをいくつか過ぎ、北海道側最後の駅の知内を通過し、列車は青函トンネルに入る。本日二度目の青函トンネルだ。デッキへ出るドアの上のテロップに「次は竜飛海底」の文字が流れる。おお、本当に海底駅に停まるんだ(当たり前だが)、と思う。いよいよ竜飛海底が近づいてくると(海底なので近づいている感じはしないのだが)、竜飛海底で下車する乗客が2号車のドア近辺に集まってくる。確かに時刻表どおりに停車するのだから、駅が近いのはわかるとしても、大したもんだと感心する。

車内にアナウンスが流れ、列車はスピードを落とし、青函トンネルの海底で停車した。竜飛海底駅だ。次々と乗客が降りる。31人が下車した。

一行?が下車した指定の場所には、ホームから工事用のトンネルに向かう通路があった。
通常、見学予約の指定列車を除いて、竜飛海底には列車は停車しない。海底トンネルの「定点」と言うらしく、トンネル内で火災などの災害が発生した場合、列車を緊急でこの「定点」で停車させ、工事用のトンネルを経由して乗客を地上に避難させることもできる。
青函トンネルは、本来列車が走る「本坑」の他に、「工事坑」と「補助坑」が並行している。「本坑」は列車しか走れないので当然我々は見学することがてぎない。「本坑」上にある竜飛海底のホームは人が一人やっと立てるくらいの幅しかない。こんなホームの上で通過列車を待ち受けるなんてことはとても怖くてできないくらいの幅だ。

JR北海道の子会社の方(本人の自己紹介による)のおじさんが、ツアーコンダクターとなって31人の一行に説明をしてくれる。まずは本坑のホームで簡単な説明。しばらく話を聞いているうちに列車の通過時刻が近づいてきたので、工事坑へ向かう通路に誘導される。工事坑に着くと「荷物はこちらにお預けください」と言われる。手荷物全てを渡さないとダメなのだろうかと思っていると、見学途中で荷物を忘れたりしても取りに戻ることはできないし、かなりの距離を歩くことになるので、貴重品以外は全て預けてほしいとのことだった。

そしていよいよ工事坑を歩いて見学ツアーが始まる。最初のうちは照明も明るくて楽しいツアーの始まりかと思っていると、すぐに真っ暗で下は水漏れのトンネルを延々と歩く。秘密の地底都市みたいで、ワクワクすると言うよりもちょっと怖い。ツアコンのおじさんも団体行動を徹底してほしいと周知しているが、こんなところで迷子になったら大変だ。
それにしても海底トンネルにはいろんな施設があって驚く。まずは工事坑の中にずっと線路が残っているのだ。もちろん工事用の車両を走らせていた本物の線路なのだが、撤去していないのだそうだ。本当にここを利用して工事をしていたのだと思い知らされて、生々しい。さらに詰所やお手洗い、なんと公衆電話まであった。発信していないので実際につながるかどうかわからないが。

ツアコンのおじさんが時々人数をチェックしながら、一行は海底トンネルを進む。先頭はツアコンのおじさんだが、最後尾には必ず警備のおじさんがついていてる。脱落する人が出ないようにするための措置らしい。ちなみにこっしーは常に31番目を歩いていたので、ツアコンのおじさんが人数を数えて最後に31番目にこっしーがいると「よしOK」と言って進んでいた。すっかり顔を覚えられてしまったようだ。笑

とあるポイントで「皆さん、そろいましたかー?では扉を開けますので立ち止まらずに進んでください」とツアコンのおじさんが言う。やがて扉が開くとサイレンが鳴り黄色灯が回転する。31人が次々と扉の向こうに行く。なんだか秘密の部屋に入るような感じで、楽しいというよりもリアルで怖い。ここは海底なのだ。31番目にこっしーが通過し、最後尾の警備のおじさんが扉を閉める。サイレンが鳴り止み、黄色灯が消灯した。そして31人全員が次の扉の前に揃うと、先頭のおじさんが次の扉を開ける。再び海底にサイレンが鳴り、黄色灯が回転する。これは風圧の関係で、第一のドアと第二のドアを同時に開いてはならないからだ。まさにこういうところを通るのだから団体行動は必須だ。

その先の海底トンネル体験ゾーンでパネルを見たり、実際に工事で使用した巨大充電器やダイナマイトの展示を見たりしながら暗~い海底トンネルを進む。海底トンネルでは、火気厳禁のためなのか、全て工事は「電気」で行われていたのだそうだ。
そんなチョット怖い体験をしていると「ではケーブルカーで地上に出ます。乗ったらどんどん奥に詰めてください」ときた。おお、いよいよこの地底都市から地上へ出られるのか、とホッとする。階段を数段上がったところに、オレンジ色の小さなケーブルカーが停まっている。これに全員乗り切れるのだろうか。何とか最後にこっしーが乗り込み、ゆっくりとケーブルカーが発車した。と思うとすぐ停まった。ここでまたドアが開く。ケーブルカーで通過するとドアが閉じる。さっきと同じ風圧の関係である。ケーブルカーは「ピンポン」と音を鳴らしながらゆっくりとゆっくりと登っていく。謎の暗い海底都市から地上へと向かうなんとも異様な雰囲気で、赤ちゃん泣いてしまっているが、ごもっともである。おお、よしよし。

それにしてもこのケーブルカーの所用時間は長く感じられた。いよいよ地上か、と言うところで突然またケーブルカーが停まる。風圧の関係でドアが開くのを待っているのだ。
安堵の思いでケーブルカーを降りると、そこは青函トンネル記念館になっていた。すぐ近くに津軽海峡、いや、正確には日本海が見える。海底から来たせいか、なんと海のまぶしく明るいことか。安堵したこっしーに最後尾の警備のおじさんが「ちょっとおねえさん、足が泥だらけだよ、雑巾もらってくるからちょっと待ってて」と水漏れのトンネルをパンプスで歩いてはねあがったこっしーの足を見て驚いている。しかし、帰りは今来た道をそのまま引き返すのだから、ここで雑巾を借りてもまた同じことだ。「ありがとうございます。でも帰りにまた汚れちゃうので大丈夫です。」と言って辞した。
青函トンネル記念館では1時間ほど時間があったので、外に出てみたり、軽く蕎麦を食べたり、展示を見たりしていたが、要は歩きっぱなしで疲れていたので、窓の近くの椅子に座って津軽海峡、いや日本海を見ていた。

そして集合時間になると、ツアコンのおじさんがやってきて「では次のケーブルカーで海底トンネルに戻ります」と案内される。再び人数を確認し、31番目のこっしーで無事完了。しかし、我々一行が乗ろうとしているケーブルカーは思ったより混雑している。実は青函トンネル記念館は、道の駅三厩でもあり、ここまで車で来た人がケーブルカーを降りてトンネルを見ることもできるのだ。ケーブルカーは満員の乗客を乗せて2~3分遅れて出発した。再びあの海底都市に戻るのだ。ツアコンのおじさんがちょっと焦っている。「何が何でも皆さんにはスーパー白鳥22号に乗っていただかなくてはならないので」と息巻いている。

海底都市でケーブルカーを降りると、早速ツアコンのおじさんが「では帰りはスーパー白鳥22号に乗ります。ちょっと時間が遅れてますので、少し急ぎでお願いします」と言うので、最後尾こっしーも少し急ぐ。
さっき通過した二枚の秘密の扉も31人の一行は慣れてしまったのかこんどは大変首尾よく通過し、途中、「たっぴかいてい」の駅名表示の前で写真を撮ったにも関わらず、スーパー白鳥22号が到着する5分前には乗車口近くまでたどり着いた。ずっと心配していた警備のおじさんが雑巾を持ってきてくれた。ありがたい。
ここで最後の人数チェックをしたらなんとこっしーは33番目になってしまった。なんと、青函トンネル記念館から下りのケーブルカーで降りてきた人が2人、間違えてこの一行に着いてきてしまったのだ。二人は自力で戻ると言うが、例のドアはとても一般客では通過できない。幸いにもこっしーたちが乗るスーパー白鳥22号から見学ツアー一行が降りてくるので、その人たちと一緒に戻ることにするそうだ。海底駅に停まる列車を見ることができるなんてラッキーと2人は喜んでいる。

そしてスーパー白鳥22号がやってきた。先ほどと同じように車掌が非常コックでドアを開けて、次の見学ツアーご一行が降りる。続いて31人が乗車し、31番目にこっしーが「楽しかったです。ありがとうございました」とツアコンと警備のおじさんに言って乗り込んだ。

ドア越しにおじさんに手を振ると、車掌が非常コックでドアを閉めた。これで2時間ほどの海底都市探検は終わった。

暗黒の竜飛海底を出たスーパー白鳥は、やがて晴天の津軽半島に姿を現す。車窓の景色がひときわまぶしい。
先ほどの津軽今別も蟹田も通過し、次は青森。青森で下車すると、さっきまでの出来事は夢だったのか現実だったのか、なんとも受け入れがたい気持ちになった。こんな不思議な体験はなかなかできないものだと思うと、とっても濃い2時間を過ごしたものだと思った。


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これは文学作品の検証であって鉄の話ではありません。 [大きな旅]

こっしーが津軽今別→津軽二股に行ったきっかけとなったのは、宮脇俊三先生の作品がきっかけなのだが、実はその作品がどうしても見つからず、ここ一ヶ月ほど、図書館を巡って探していたのである。それがついに見つかったので、先生の作品を検証してみた。

「旅は自由席」 下北・津軽ローカル線紀行 より
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翌九月九日(土)。曇。蟹田発7時17分の三厩行に乗る。二両のディーゼルカーの客の大半は男女の高校生であった。握りめしを食べる女の子がいる。
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んー、さすが、先生は客観的な描写をきちんと入れられてます。こっしーの書いた文章って、こっしーの視線の先の出来事しか書いてなくて、こっしーが思うままにきょろきょろしているのがよくわかります。ああ、反省。

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左へカーブして山間に入ると中小国に停る。中小国は短い片面ホームだけの極小無人駅だが、海峡線の基点で、JR東日本とJR北海道との境界駅として私たちには有名になった。線路際に新しい「0」ポストが立っている。しかし、津軽線と海峡線の分岐点は、この先二.三キロの新中小国信号場である。運転席のうしろにたって前方を見る。
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実はこっしーも中小国という駅名は境界駅として聞いたことはありました。なので、実際に蟹田ゆきの列車が中小国に停まったとき、こんなに小さな無人駅なのか、と驚いたのです。津軽今別以上に驚きでした。でもあんまりそんなことを沢山書いてもまた鉄と間違えられそうとか思いました。でも先生のように淡々と書けば、運転席の後ろに立つという、超・鉄な行為も自然に見えてしまうのですから、凄いです。ちなみにこっしーは運転席の後ろにはたってません。二両編成の後ろの車両に乗ってました。

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新中小国で右へ別れた海峡線は複線となって新幹線併用の堂々たる口径のトンネルへ吸い込まれる。こちらの三厩行は左へカーブして薄暗い山峡の登りにかかる。
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先生は、蟹田→三厩、こっしーは三厩→蟹田に向かったので方向は逆ですが、先生の文章を読むと景色が目に浮かびます。しかもちゃんと対照的に書かれています。。

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 エンジンをうならせながら峠を越えると、右から海峡線が現れ、津軽今別駅を見上げる。在来線の列車が新幹線を退避するために設けられた駅で、築堤や高架橋の幅が広い。
 わが三厩行は大築堤の下の古びた小さなホームにチョコンと停車する。なんとも対照的だ。駅名は従来どおり「津軽二股」。『時刻表』の津軽線の欄外に「津軽二股駅と津軽今別駅は隣接しています」とある。それなら、駅名をおなじにすればよいのにと思う。
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これです。こっしーを津軽二股に呼び寄せた文は。それにしても先生の名文はこんなに短くすっきりしているのに津軽今別と津軽二股の違いを的確に表現されているます。こっしーの迷文なんてただのローカル線の駅でウロウロしている怪しい者のつぶやきみたい。。。

この後、先生の乗った列車は8時01分に蟹田に着きました。こっしーは、津軽二股発8時21分の蟹田ゆきに乗ったのですから、先生の乗った列車の折り返しに相当する列車だと言ってもいいと思っています。なのに、嗚呼なのに、この違い。そりゃ違いがあって当然だし、こんなことを言うのも恐れ多い限りです。
でも旅は楽しいし、執筆はつらい、という先生の気持ちが少しわかります。
営業の人から「今日は原稿をいただけるまでお待ちしております。印刷納期まであと○日です」といわれたり、編集の方から「ここも同じように直していいですか?」と電話がかかってきたり、と言う立場の仕事もしていましたから。
で、実際に旅に出てからこれを書くまで一ヶ月近くかかっちゃってますからね。
ちなみに今回の旅は「はやて」以外は全て自由席で、たまたまタイトルとも一致する旅となりました。


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津軽今別→津軽二股 ~津軽半島をいったりきたり~ [大きな旅]

前日の大湊線の無彩色の景色とはうって変わって、8月11日の青森の朝は晴天だった。
仕事でよく青森に来るという友人に教えてもらった駅前のホテルはリーズナブルなのに快適でぐっすり眠ることができた。部屋のテレビでニュースを見ると関東東海では台風による大雨の上に地震があったと報道している。が、青森にいるとその気配は全くない。
昨夜飲みすぎた田酒がこたえるかと思いきや、しっかりとホテルの朝食をいただいて復活し、青森駅に向かいコインロッカーに荷物を預ける。今日は津軽海峡をいったりきたりするので、なるべく荷物は少なくして身軽に動けるようにしたい。

8月11日 月曜日、青森発7時30分発の白鳥41号に乗る。まだこんな時間だし、東京からの新幹線も来ていないのでさぞかしガラガラだろうと思っていると、7時15分過ぎに乗り込んだにも関わらず、自由席は通路側しか空席がなかった。前日に野辺地から青森まで乗車した「つがる」は臨時かつ青森どまりということもあって自由席はこっしー様貸切状態だったというのに、北海道へ渡る白鳥は空いていることがない。恐るべし白鳥。
やがて白鳥41号は青森駅を定刻どおりに発車。この時点で自由席の空席はわずかだった。前回、この路線に乗ったのはもう10年近く前のことかと思う。確か盛岡からスーパーはつかりに乗ったのだった。そのとき初めて青函トンネルを越えて函館へ(列車で)行ったのだった。こっしーは鉄ではないので、フツー、函館に行くときはもちろん飛行機を利用する。
やがて津軽半島を北上するにつれ、晴天から曇りに変わる。テレビのニュースで降水確率は10%と報じていたので、傘は青森駅のコインロッカーに預けてしまった。大丈夫だろうか。
そんな不安が解消されないまま、白鳥41号は曇天の蟹田に停車した。すぐ近くに津軽海峡が見える。駅のホームでは20人くらいの乗客が並んでいて驚く。これで一気に自由席は満席になって、通路には立つ人も出た。やはり白鳥はあなどれないのか。それにしても、ここまで全て自由席には着席できているのだから、幸運の神様はこっしーを見捨てていない。
蟹田を発車したあと、トンネルをいくつか通過すると、天気がまた曇りから晴れになった。まだ幸運の神様からは見捨てられていないようだ。やがて白鳥41号は次の津軽今別に停車する。

そう、この津軽今別で私は下車するのだ。時刻は朝の8時06分。

この津軽今別で下車したのは、こっしーの他に2~3人程度。いつの間にか線路は単線から複線に変わっていて、津軽今別には狭い幅のホームが対面式に上りと下りで2本ある。私が乗っていた白鳥41号は8両編成だったので、後ろ2両分がホームからはみ出している。普段は6両編成らしいが、さすがにお盆の時期なので全て8両編成で運行されている。そのおかげで自由席にも座れるのだが、津軽今別で下車するには、前6両に乗らなければならない。列車が止まっている間は、踏み切りの警報音のような音がファンファンと鳴っている。
特急が停まるにも関わらず、津軽今別は無人駅であった。さっき停車した蟹田は、駅舎もあって駅員もいた。正直蟹田で20人も乗ってきたときには「周囲にほとんど何もないような駅でこんなに」と驚いたのだが、津軽今別から乗車してきた人はゼロに近かった。ただ単に屋根のないのホームと小さな待合室のようなものがあるだけで、改札口も何もない。ただ、蟹田よりずっと後に出来た駅なので、施設そのものは近代的な駅だ。

ホームからの階段を数段下りると、左前方に白い囲いのついた階段らしき通路が見える。とりあえずこの階段らしき通路に向かうしか選択肢はなさそうだ。こっしーと一緒に降りた数人の乗客もみんなそちらに向かっている。こっしーも続いて白い囲いのついた通路を降りていく。中は階段になっていた、下りた先には、見落とすほど存在感のない単線の線路と、それを横切る越える小さな踏み切りがあり、その先には駅前広場があり、タクシーが数台と自家用車が停まっている。こっしーと一緒に下車した人たちをお迎えにきた車だろう。

そして踏み切りを渡って単線の線路を越えると、そこには「津軽二股」と書かれた短い片面ホームがチョコンと存在している。しかもあるのはホームだけ。待合室も建物も何もない。放送用のスピーカーも何もない。「津軽二股」の看板がなかったら、駅があることを見落とすほどだ。
そんな津軽二股の駅を過ぎて駅前広場に出ると「新幹線 奥津軽駅決定」と書いた看板がある。ここに新幹線の駅が出来るのか ! ?と驚く。

実はこっしーがこの場所にやってきたのは理由がある。私が好きな作家の宮脇俊三先生の作品の中で、津軽今別と津軽二股のことについて書かれていた文章が印象に残っていたのである。いつか実際にここに行って自分の目で見てみたい、と思っていたのである。

私が下車した津軽今別の駅は、本州と北海道を結ぶ交通の大動脈である津軽海峡線の駅で、特急列車が猛スピードで通過していく。しかも複線で電化されていて存在感がある。一方、津軽二股の駅は、ローカルな津軽線の駅で、電化もされていなければ、列車は蟹田~三厩間の区間運転がほとんどで1日数本しか来ない。駅を過ぎれば線路もカーブして林の向こうにすっと消えていく。そんな津軽二股のホームから先ほど降りてきた通路を見上げれば、目の前には津軽今別の駅がどーんとある。約38秒もあれば、余裕で乗り換えができるほどの至近距離だと言うのにこの差は何だろう。しかも駅名まで違う。東京駅で京葉線から中央線に乗り換えるよりずっと近いと言うのに。しかし、ここで乗り換える人など皆無に近いのが現実である。こっしーは実に珍な乗客なのかもしれないが、本人にしてみれば、長年の夢と言ってもいい、憧れの地にやってきたのだ。

そんなことを考えていると、やがて蟹田ゆきの二両編成の列車がやってきた。憧れの地をもう少しだけ味わってみたい気分もするが、この列車に乗らなければ次の列車まで5時間待たなければならない。近づいてくる列車の先頭車両の窓から半ハコ乗りしている乗客がいる。聞きなれないディーゼル音がうなり、列車が津軽二股に停まる。ここから乗車したのはこっしー一人。ハコ乗りしていた乗客もホーム立つこっしーを見て驚いている。しかもこの列車は、白と赤の古ーーーい車両。車両の側面に「蟹田⇔三厩」と書かれたプレートが差し込まれている。

津軽二股発 8時21分の津軽線 蟹田ゆきに乗車する。接続時間15分の乗り換えである。

車内に冷房はない、扇風機だ。子供の頃に乗ったようなボックスシートは、今の車両のように足元スッキリではないが、対面の人との間隔はずっと広く感じる。この距離感が昔を思い出させて懐かしい。携帯電話を開くと「圏外」の文字が目に入る。車内放送もなく津軽二股を発車した津軽線は、山中の渓谷沿いを走っていたかと思うと、田園地帯に入り、変化に飛んだ地形を抜けて蟹田に向かう。携帯電話はずっと圏外だし、駅の間の距離も長い。ぼーっと外を見ていると、津軽海峡線の大動脈が田園越しに見える。こちらは田園の中をひたすらのんびり進んでいくのに対して、向こうは立派なコンクリートの複線の高架で、まるで新幹線を見ているようだ。そうか、将来はこれがこのまま新幹線になるのだろう。

やがて列車は曇天の終点・蟹田に定刻の8時47分に到着。青森で白鳥に乗ってから1時間ちょっとしかたっていない。この列車は青森までは行かず、蟹田~三厩を区間運転している。青森~蟹田~津軽海峡線は電化されているが、蟹田~三厩は電化されていないためである。駅を降りて5分も歩けば海だ。大動脈からローカル線、山中の渓谷、津軽の田園、そして津軽海峡と、めくるめく変化の津軽を行ったりきたりした1時間であった。


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はやてで八戸へ、そして大湊線で下北半島へ。 [大きな旅]

今年は珍しくお盆の時期に夏休みを取ることになった。簡単に言うと「みんなで休めば怖くない」ということで仕事関係者同士「ぐる」になって休んだのである。こっしーが勤務する会社には一斉休暇はないので夏休みは交代で取得するのだが、通常こっしーはお盆の時期には休まない。こっしーには「帰省」がないし(自宅から実家まで約1時間)、混雑して全てが高いお盆の時期に休んで旅に出る必要など全くないのだ。
そんなわけで今年は慣れないお盆休みを取得したものの、やはり新幹線の指定券の入手は困難だ。なので、帰省ラッシュ前のはやて9号の指定を取ることにした。

8月10日月曜日、東京発8時56分のはやて9号に乗るため、早めに自宅を出る。通勤ラッシュの始まる前に会社の最寄駅を通過しておきたいからだ。予想以上に電車は空いており、台風の影響もなく、無事に東京駅に定刻に到着。
これまで何度もはやてには乗っているが、毎回、盛岡で下車しており、八戸まで行くのは今回が初めてなのだ。車内は混雑しており、3人がけの真ん中の席でも指定が取れただけありがたく思いつつ、「どうせ仙台から先なんて誰も乗ってないでしょ」と盛岡を過ぎる頃には窓際の席に移動してゆっくり車窓を見ればいいさ、と目論んでいざ出発。そしていきなり爆睡。笑

一部の方の間では、こっしーが関東地方内で新幹線通勤をしていたと言うことは周知の事実である。そう、私は通勤していた区間については、いつふと目が覚めても車窓を見れば、いま新幹線がどのあたりを走っているのかわかるのだ。しかし、爆睡から目覚めたときにはすでにこっしーの知らない車窓が流れている。まだ1時間ちょっとしか眠っていないのに、まもなくはやては郡山を通過した。さすがにはやては速い ! そこからまたうつらうつらとしている間にはやては仙台に到着した。しかし、ホームを見ても乗客がいつものように多く並んでいない。どうしたことか。さらにドアが開いても、下車する乗客はほとんどいない。みんなこれで盛岡まで行くのか?!と驚いているとまもなくドアが閉まって仙台を発車した。

仙台を出て、古川、くりこま高原を通過して一ノ関の近くに出るまでは、トンネルが多くて携帯電話も圏外が続く。新幹線に何度も乗っているとそんな事情もわかってくるし、福島~仙台間のトンネルでは携帯電話が通じるようになった区間があることにも気付くのだが、そんな事情を知らない周囲の乗客の方々は一生懸命メールの送受信を試みている。がこっしーは再び睡魔に襲われる。ここで眠ってしまうと盛岡までは40分程度。ヘタすると盛岡で目が覚めなければ初乗車区間の車窓を見ることができない。いや、是非、新幹線からも岩手山や姫神を見たい。
しかし幸運の神様はこっしーを見捨てなかった。しっかりと盛岡で目が覚めたのである。盛岡でこまちと分割し、先頭のこまちが先に秋田方面に発車する。こっしーが乗っているのは後ろのはやての車両なので、こまちが出てから2分後に八戸に向かう。これまでは、盛岡ではやてを降りるかこまちで秋田に向かうばかりの旅だったので、「今日は八戸に行くんだぞ、ここで慌てて降りなくていいんだよ」と自分に言い聞かせる。

やがてはやては盛岡を定刻に出発した、が。しばらくると高架ではなくて地べたを走ってる?と思うような区間に出た。しかも気がつくと並行して在来線が走ってる?かと思うような区間もあり、しかも在来線が新幹線より上を走ってるような気がしてならない。新幹線様の上を走るとはどういうことか ?! と思っていたら、岩手山も姫神も見られることなくはやてはトンネルへ。

結局、盛岡~八戸間は、ほとんどがトンネルだった。

そんな感じで多少の肩透かしをくらい、はやては終点八戸に到着した。ここでスーパー白鳥9号に乗り換える。かつて盛岡で新幹線を降りていたころは、さらにそこから「はつかり」に乗り換えるために「盛岡ダッシュ」をしている人々を思い出す。おおそうか、ならば八戸でもダッシュしてスーパー白鳥に乗り換えなくてはならないのか。こっしーが持っている「青森函館フリーきっぷ」では、スーパー白鳥の指定席は八戸~三沢間しか買えず、その先まで行くには自由席に乗るしかないのだ。
ここでも幸運の神様はこっしーを見捨てなかった。なんと、列車が停車し、ドアが開くと、目の前には在来線への乗り換えエスカレータがあったのだ。「盛岡ダッシュ」ならぬ「八戸ダッシュ」をして、スーパー白鳥9号の自由席に余裕で着席した。なんだ、「八戸ダッシュ」はしなくてよかったのか、と思っていると、やがて次々と乗客がやってきて、あっという間に自由席は満席になり、通路は立つ人でいっぱいになった。みんなこれで函館まで行くのだろう。青森までだったら、次の「つがる」を待つという手もあるはずだ。
青森の手前で下車するこっしーはそんな人たちに席を譲るか次の列車にするべきなのかもしれないが、どうしてもスーパー白鳥9号に乗らなければならなかった。

スーパー白鳥も定刻に八戸を発車し、二つ目の野辺地で下車する。それまで曇り空だったが、小雨がパラついてきた。せっかく台風から逃げてきたのに、電車を降りたとたん小雨とは、ちょっとテンションが下がってしまいそうだ。
野辺地でのんびりと乗り換え階段を上がり、大湊線のホームへ向かう。そこには臨時の改札のようなものが出来ていて、駅員氏が野辺地までの特急券を回収している。この改札もどきの先で、野辺地で下車する人と大湊線に乗り換える人に分かれるのだが、すでに多くの人が大湊線の乗り換え方面に向かっている。おお、乗り換える人なんてほとんどいないと思っていたのに、ノンビリしていたら座れないかもしれないくらいだ。

実はこの大湊線、私の「鉄の師匠」でもあり、部活の監督から「青森に行くならば、是非乗っておくように」とミッションを受けていたのだった。それほど、オススメの路線らしい。片道1時間程度だし、フリーきっぷでタダで乗れるし、終点には美味しいマグロがありそうな気がするのでわくわくと乗車する。多分、海側がいいんだろうな、と思って乗ったものの、すでに空席は山側しかも進行方向に向かって後ろ向きしかなかった。ちょっとあてが外れたが唯一の空席に座る。それにしても大湊線は普段こんなに混んでいるのだろうか?と思う。ただ、周囲を見ても、鉄ちゃんらしき人はほとんどいない。里帰りされたと思われる方や地元の方が多いようだ。こっしーのような類の乗客もあまり見られない。(註・こっしーは「観光客」である。)

この日乗った大湊線は2両編成で、かつて陸羽東線とか花輪線とか山田線とかで乗った、白と緑の近代的な車両だった。冷房も効いているのでホッとする。
気がつくと、大湊線は野辺地を定刻に静かに出発した。と思うと、次の北野辺地にすぐ停車した。ただ住宅地を走っているだけである。

「なーんだ、大したことないじゃん」としびれを切らしたときだった。
突然、目の前の車窓が真っ黒なマツの防風林に変わったのだ。

反対側の車窓を仰ぎ見れば陸奥湾が広がっている。
天気は相変わらず小雨模様で薄明るく、限りなく無彩色に近い一枚の絵の中で、海と空が溶け込んでいる。

視線を海から山に戻せば、さらに迫力を増したマツの防風林、その向こうには下北半島。吸い込まれるように車窓を眺めていると、突然目の前に真っ白な風車が現れた。風力発電用の巨大な風車だ。しかも次々とたえずに。風車をこんなに間近で見たことは初めてだ。いったいなんと言う光景なのだろうか。
風車と言うと、新庄から酒田に向かう陸羽西線の景色を思い出す。山中から最上川に沿って西に向かい、庄内平野が開けてきて、右手に鳥海山が見えてくると、日本海の風に吹かれてゆっくりと回る風車が現れる。風車は、少しずつ、少しずつ、その姿を大きくし、ああだんだんと酒田が近づいているのか、と思う。
しかしこの大湊線の風車はあまりにも近くて、次々と現れてはさっき見た風車が消えていく。いかに速いスピードで列車が走っているのだろうか。
車内には「左手に陸奥湾が広がっています」の放送が流れる。しばらくの間何も考えずにひたすら海と林に没頭する。
やがて列車は「吹越」に到着した。そう言えば、さっきの駅を出てから、いったいどのくらいの時間がたっていたのだろう。後でわかったことだが、一つ手前の「有戸」からこの「吹越」間は16キロ以上あり、大湊線で最も長い駅間距離なのだそうだ。(と車内の「大湊線ひとくちメモに書いてあった)しかし、あまりにも印象的な風景の中を列車は高速で進んでるので、そんなことを一切感じさせないのだ。手回の日常ではありえない不思議な感覚の空間移動をしたのだ。

しばらくすると、列車は「陸奥横浜」に到着した。私は神奈川県の横浜出身であり、この「陸奥横浜」の地名は知っていたが、ついにここにやってきたのか、と思った。列車はさらに下北半島を北上し、「下北」に到着した。ここでほとんどの乗客は下車した。下北から南転して列車は次の駅、終点・大湊へ着いた。ここが大湊線の終着駅である。駅前には「てっぺんの終着駅」と書いてある。大湊線で最北端の駅は「下北」であり、「大湊」は最北端ではないので、このように書いてあるのだとか。

駅前に出たものの、相変わらず雨が降っているのと、肝心のマグロもそう簡単には食べられなさそうな状況であったのと、かなり多くの乗客が並んでいて列車も混雑しそうなので、そのまま引き返すことにした。今度は海側の席に座り、さっき見たあの景色をもう一度堪能したが、やはり陸奥湾よりも、海風に吹かれなびいた漆黒のマツの防風林の方が今でも目に焼きついている。


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旅から帰ってきました♪ [大きな旅]

こんな時期に夏休みをとることが珍しいのですが、「いっせーのせ」休暇で旅に出てきました♪
相変わらず写真なしの記事になりますが、近日中にアップしたいと思ってます。


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元気ですよ。 [小さな旅]

旅に出てないのもあって、すっかり2ヵ月くらい更新していませんでしたが、ちゃんと生きております。生存報告です。ここはあくまで鉄ブログ旅ブログなので、旅に出てないので更新していないだけです。(ただサボってるだけじゃん)
昨日は友達があまりにもこっしーのことを鉄と言うので、「じゃ、鶴見線に乗ってみる?なかなか面白いよー。「おっ☆鶴見線って乗ったことないー」ってことで、海芝浦に行って来ました。ホームから目の前に鶴見つばさ橋が見放題で、鉄ちゃんではなくて観光客が来ていました。
海芝浦の駅は、東芝の京浜事業所の中にあるので、社員以外の人は駅から外に降りることができないのです。なので、終点に着いても帰りの電車に乗る以外、ここからどこにも行くことはできないのです。ホームで電車を待ちながら目の前のつばさ橋を見たり、駅に併設されている公園からベイブリッジを見たりして20分、折り返しの電車で鶴見へ戻ります。この列車で戻らないと、休日の昼間なんて2時間近く電車を待つ羽目になるので、ここに行くときはちゃんと時刻を調べていかないと大変なことになってしまいます。
帰りは、鶴見の1つ手前の「国道」で下車。この駅って、高架になっていて、階段を下りると改札があるのですが、そのガード下だけがもう昭和30年代の様相。何人かの人がカメラ持って写真撮ってました。
で、何しろ本数の少ない鶴見線なので、ここでずっと待っていても次の電車は来ません。と言うことで、改札を出てすぐの国道15号線を横浜方面に向かって数分歩いて右折すると、京急の花月園前駅に出ます。ここから京急川崎方面の電車に乗り、三つ目の八丁畷で下車。フツーに京急の改札に出ようか、と思うと、なんか秘密の入り口のような階段が。そう、この何だかわからないなぞの階段を上がると、その上にはJR南武支線の片面ホームが。いやー、このうえにもホームがあって人が電車を待っているようにはどうしても見えません。
友達も「うん、これは鉄と言うよりも、日常に隠れた非日常的なおもしろスポットだね。近くにこんなところがあったとは」と海芝浦、国道、八丁畷に感動?してくれました。そう、こっしーはただの地元の人であって、鉄ではないのです。

その後、川崎でのほほんとご飯食べながら何時間も粘ってくっちゃべってました。
にしても、海芝浦や国道の後に川崎に戻ると「日常だね」「ホッとするね」って感じです。


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どんよりした海を見ていました。 [小さな旅]

今日の川崎地方の天気は雨でしたが、それはあくまでも日中だけで、早朝はどんよりした天気でした。
こんなどんよりした天気の日に、三浦海岸の津久井浜に行って何も考えずにぼーっと海を見ているのが好きなこっしーは、久しぶりの小さな旅に出ました。

まずは京急川崎から出発です。日曜日の朝なので人通りも少なく、朝まで飲んでいたような人がほとんどです。
P1011134.JPG


まずは京急川崎発6:12の特急三崎口ゆきに乗車。
P1011133.JPG

堀ノ内で下車し、浦賀ゆきに乗り換えます。
この電車、すごく詳しい方に教えてもらったのですが、車両の先頭に「1」と書いてあります。
P1011132.JPG
この「1」番の列車に乗りたかったのです。
その心は。
5月24日の1番→5241→こっしー。 アホです。笑ってやってください。
そして無事に浦賀に到着。そう、これでこっしー、神奈川県内の鉄道、全て制覇しました。笑
だってこないだうかつにも秋田県を制覇しちゃってから鉄疑惑がかかってしまい、おおこれはすぐに地元を制覇しないとまずい、と慌てて御殿場線とか大雄山線とか乗ったのです。
で、今日は津久井浜に行くついでに浦賀に行ったのでした。笑
P1011131.JPG

で、お目当ての津久井浜はこんな感じ。
P1011125.JPG

このどんより感がなんともいえません。結局1時間くらい浜辺でぼーっとしていたでしょうか。
何も考えずに波の音を聞いてどんよりした海や空を眺めていると、嫌なことも浮かれていたことも何もかも忘れて、無の境地に入ります。ただひたすら心が落ち着いて穏やかな自分に生まれ変わるのであります。いつもの喜怒哀楽の激しいこっしーではありません。きっと今日1日でしわが20本くらい減ったと思います。笑
雨が降る直前に撤収し、川崎に戻ってきたのがまだ朝の10時前。我が家に帰って飲んだコーヒーは美味しかったです。早起きは三文のトクです。そしてさらに鉄ではないことの証明も出来たので一石二鳥です♪


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しばらく大きな旅は封印です。 [大きな旅]

前回の旅で風邪を引いたのが完治しないまま、仕事を無理して頑張りすぎてしまい、GWは大きな旅どころかずっと倒れて伏せってしまいました。こっしーたる者、そんなに仕事を頑張るタイプではないのですが、ちょっと今月は意地になってしまっていたのかもしれません。自分が思うほど自分は強くもないし、自分が思うほど、自分は弱くもないのだと思います。(矛盾しているけど)

でも、旅に出たい気持ちを我慢しているか、というとそうでもなくて、これだけ疲れてしまうと、我が家が一番いいわ~♪モードになっているのもまた事実で、常備菜も作ってるし、手抜き弁当もほぼ皆勤賞ものです。あと、これだけ疲れてしまうと、度数の強い酒をカツンと飲むのがしんどいです。さすがに50度を越えた酒はノドにちょっと来るし、終電まで仕事して帰ってきておうちまであとちょっとのトコにあるバーでマティーニ1杯飲んで25時、なんて元気もありません。まっすぐおうちに帰って明日の手抜き弁当の米とぎです。マイクを持ちに行くなんて、こんなノドではとても無理です。ああ、どうしたこっしー。笑

でも、こんな生活も慣れてしまうと意外と楽しくて、手抜き弁当も継続していると、なかなか来ないエレベータに並んで社員食堂に行って決まった味付けのお世辞にも美味しいとは言えない食事をする気にならなくなってきます。料理が下手くそでもまだ自分で毎日作っているモノの方が飽きません。今は仕事がいっぱいいっぱいなので、毎日こうして料理を作るのも気分転換になっているのかもしれません。何しろ日中は、完璧に意見も見解も分析も正しくて、高い要望を出してくる大物のステークホルダーたちにつぶされないようにやっていかなくてはならないので、忙しさ以上に「何とかしなくては」の連続です。精神的にプレッシャーがかかって会社に来なくなっちゃう人の気持ちがわかるような気がします。が、まだ自分がやらなければならないことが見えているので、大丈夫です。

という感じなので、こりゃ大きな旅どころではありません。ということで、来週は小さな旅に出ようと思います。って結局旅かよ。笑


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